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2006年01月19日
礼拝初体験
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| いま、教会の新聖堂の計画の協力をさせてもらっているのだが、先日、お誘いをいただき、教会で日曜の礼拝というものを初体験した。僕自身の血筋をたどると臨済宗ということになるのだが、当然ながらそれは名ばかりなもので、宗教に属した生活はほとんど営んだことはない。(自然宗教という話は別だが)したがって、今回の体験は一時的ではあれ、その体験は珍しいものだった。 |
個人的な視点で見ると、まず原罪というものが教科書などでは習い意味は知っていたものの、教会で実際にその話を聞くと「ふっ」と肩の力が抜ける思いをした。と同時に、少し宗教という意味を理解し始め、最近、ネットですこし宗教関係のページを見に行くようになった。 とはいえ、今回は建築家として、主に建物としての教会を見学してきた。しかし、日常、教会というものを街中でも目にし、存在を当たり前のように受け入れていたが、今回体験してみて見方が少し変わった。物理的にはキリスト教とはいえ、牧師と教典という二つを核に作られる共同体であり、行政の定めるところで作られるわけでもなく、営利目的で作られるわけでもない、精神の営みとして作られる共同体であり、そんな共同体が一つの建物を作ってしまうわけで、「それはすごいことではないか」と改めて感心した。 今回お邪魔したとき、参加者は50人もきっといなかったであろう。後で聞くとどうやら全教会員を足しても60人超程度だという。その人数で小規模とはいえ、今回見学に行った教会は作られ、守られてきたわけだ。きっと、こんな大きな財産を共有し、管理され続ける建物はそうはない。やはり、そこが宗教の強い絆を物語っている気がした。そして、今回さらに規模の大きな教会を所有するために、新敷地で新聖堂が計画されることになった。それが以前ここで少し紹介をしたことのある、古屋付きの敷地で江戸川台駅前に位置する。現在の教会は駅から10分以上歩いたところに位置し、閑静な住宅街の中にある。それはそれでこじんまりとまとまり良い教会なのだが、町自体が高齢化を迎え、その中に同じように埋没することを嫌い、この先を考え開かれた教会を目指すべく駅前に移し、同時に規模を拡大させることを皆で協議し決断をされたのだ。まだ、その計画自体は当初リノベーションで相談を受けたのだが、最近少し新築案も浮上しつつあり、まだこの先どうなるかはわからない。ただ、いま一つずつハード面を検証し、可能性の絞り込みを行っており、それを僕は設計面で協力している。新築、リノベーション、いずれにせよ今まで体験してきた店舗や住宅、オフィスなどとは違う期待やルールがあり、そこにワクワクしながらお付き合いさせてもらっている。 |
投稿者 sschemata : 2006年01月19日 01:33