2005年08月30日
SONYウォークマンを見て
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| この前、新聞を読んでいたらソニーのデジタル携帯音楽プレーヤー「ウォークマン」が新製品情報のコーナーで紹介されているのを目にし、考えたことがあります。ただ、僕はもともとあまり物欲というものがないため、こういった製品を見てもふつうはあまり注意して見ることはないのですが、ただ、i-Podでアップルがこの市場を独占していることは、さすがに知っていて、そのときソニーがどのようにその市場にアプローチをするのか、特にデザイン的な面で興味があり珍しく目に留まり観察してみました。 |
これはいつものことながら個人的な解釈であり、正しい正しくないの判断ではないので、「こんな考え方ものあるのか」といった程度に読んでみてください。まず、僕の感想ですが、ヤハリi-Podの方が僕は納得いきます。なぜかという話ですが、やはりこの市場に対する明確な指針がデザイン的にもちゃんと表現されていると思うのです。I-tunesの販売形式に共通してメカに対する考え方も非常にわかりやすい。「音楽を聴きたい」というナチュラルな発想に非常に素直に作られており、またそれがi-Podのシンボルマークにもなっています。(真ん中の二重丸のところ) それに対し、ソニーですが、やはり市場に対する考えもそうですが、ウォークマンのデザインも今のところ独自性を持ち備えていない気がします。しばらく前であれば、とにかく小さく、そしてその小さい中にスマート且つタイトにボタンを構成してゆくお家芸とまで言えるオリジナリティーを武器にしてきたように思います。しかし、これ以上小さい必要がないところまで来て、さらに多機能性にも飽きをきたしている現在、ソニーのデザインはどこを目指すのか昔からファンであるだけに期待しているのですが、今回発売されたウォークマンの売りが「手になじみやすいフォルムと片手での操作性の向上」というどこでも聞きそうな話がきっかけでデザインされています。 もちろん、街で人にヒアリングすれば十中八九、皆が同じ「使いやすい」「持ち運びやすい」「多機能」「かわいい」を口に発するでしょう。しかし、本来デザインというものは「そういう考え方もあったのか」と皆を「はっ!」とさせ、新たな道を作ってあげる役割があるのではないかと僕は思います。そのためには時代を逆行しても良いし、とまっても良い。時代とは関係のないところで考えても良い。「良ければ良い」のです。テクノロジーの進歩のような線形的思想のみでは、解決できない、難しいテーマと向き合っていなければならない。もちろん、これは建築においても同じことは言えるでしょう。これから人口が減少に向かい、あらゆる面で余地が生まれてくる。そのとき、狭小住宅やリノベーションなどで代表される「有効利用」的な設計思想では片付けられない、溝が建築デザインでも生まれると思います。僕はそのとき、その溝をまた追うのではなく、風穴を開ける発想を持ち備えていたい。そう思ったのでした。 |
投稿者 sschemata : 2005年08月30日 15:03
コメント
常君。こんにちは。なかなか耳の痛い話ですが、共感します。ついつい設計者は、「有効利用」的な設計思想というわかりやすいロジックを使って全てを説明しようとしてしまっていますよね。それもひとつの設計者の職能だとは思いますが、本当に有効利用になってるかどうか怪しかったりするところがまずいのではないかと思います。例えば省エネだといって山ほどつくられたダブルスキン構造。実際のところガラス張りという欲望が先にあって、後付的につかわれる省エネというわかりやすすぎるロジックを全面にだすわけです。しかも、決して省エネにはなってないのは皆さんもよくご存知のことと思います。さて、ここからは常君に対する反論ですが・・。テクノロジーが線形的思想であるというのはいいとしても、実際にはそのテクノロジーに対してデザイナーがエンジニア的に物事を考えることから風穴を開けることのほうが多いのではないかと考えます。山中俊治さんが、人類がテクノロジーを追求するのはアイデンティーだといっています。稲作を始めた時点で、育てるというテクノロジーがうまれたようにです。また時既にテクノロジーなしでは人類を保つことが出来ません。テクノロジーはエンジニアの歴史ではありますが、形を与え、また時代を引っ張っているのはデザイナーだとしたときに、おそらく有効利用的な発想はエンジニア的であり僕らが正しきその感覚をもつことは実に大事なのではと思います。つまり風穴は、正しき「有効利用」からも生まれると・・。
投稿者 keiji : 2005年08月30日 18:15
まずは芦沢君ありがとう。この問い掛けに対して適役な方からのコメントで感謝です。
さて、僕の発言ですが誤解が多いだろうなと思いながらもあまり長文になりすぎてもとおもって中途半端な発言になってしまった気がします。ただ、芦沢君の反論という部分、正直僕にとっては反論でなかったりします。山中さんのテクノロジーはアイデンティティだという話は「う~ん。なるほど」胸のつかえが一部取れた感じがします。ただ、僕が言いたいのはそれだけではないということをいいたいのです。それに安心してはならないということなのです。芦沢君もそれをわかってか「有効利用も」の「も」をつけていますよね。その「も」がたくさんあるんだということです。そのたくさんの「も」から一つを選択するときの緊張感たらない。そして、その緊張感が気持ちよく、そしてさらにうまくいったとき「楽しい」のです。そんな、ことを言いたかったのです。どうですか?
あ、それから、このテキストを書く前に色々調べていたら以下のサイトに行き当たりました。この辺に対してはどうおもう?ついでに感想聞かせてください。
http://japan.cnet.com/column/pers/story/0,2000050150,20086594,00.htm
投稿者 nagasaka : 2005年08月30日 20:55
常君、まずは反論と書いたことは間違いですね。ご承知のようにあえて反論と書いた部分はあります。山の登り方法が1つではないように、物づくりのゴールへの方法論は無数にあります。そもそもゴールですら沢山あるわけです。それが沢山の「も」です。話していても、作ったものを見ても常君と私は、当然のことながら方法論(方法論という言葉自体が適切かどうかわかりませんが)が違います。ところが、いくつかの作品に対してはゴールは近いところにあるなーと思うものもあるのです。それが同時代性というものなんでしょうか。さてあえて反論と書いた部分にもどりますが、なぜあえてなのか。別に揚げ足を取りたかったわけでもなく、常君に喧嘩を売るためでもありません。常君が適役と書いているように、私は反論する立場にいる人間だということです。つまり「有効利用」を振りかざす設計者だという意味です。なんて書きながら実はそんな設計者を演じているだけかなとも思い始めています。実際作りたいのは、その先にあるものであるし、やはりパイオニアでありたいと思うのが設計者のつねであるようです。さて話をうんと振り出しにもどしてi-podとソニーの製品の違いについて。圧倒的にパイオニアかどうか、それに尽きるのではないかと思います。これは常君の意見に対する反論ではなく補足として。sonyはウォークマンではパイオニアでした。そのパイオニアであり続ける精神を忘れては、アップルに負けっぱなしということです。
それから宿題である、http://japan.cnet.com/column/pers/story/0,2000050150,20086594,00.htm のコラムについて。えーっと・・これについてはまず常君の意見から聞きたいと思います。
投稿者 keiji : 2005年08月31日 12:46
芦沢君
まずは返された宿題に関して答えますね。正直、難しいですね。ごめんなさい。変な質問出して。では、僕の回答ですが、あまり、かっこつけてもしょうがないので正直に書いてみます。
まずは、こと、ウォークマンのことに関してですが、色々調べてからテキストを書こうと思ってネット上の情報を読んでいたのですが、この文章を読んだときに「いずれハードとしてのデザインはなくなるんだな」ってところに行き着いてしまって一度は書くのやめようかと思ったのです。だけど、書いた理由としては現状あるテクノロジーに対してのアクションのほうが僕にとって重要だなって思ったのです。色んな事情を知りすぎて、その事情に取り込まれるのではなく、ある程度無責任な立ち位置でいたほうが面白い。アップルが面白いのはいつもそういう強引なところで、とにかく、人の感情に忠実である姿勢だけを変えない。それがすごいですよね。僕も出来ればそうありたいと思うのですが、建築などやっているとなかなかそれが難しい。難しいけどそうありたいって思っています。
あとね、これも語弊があるかもしれませんが、建築でテクノロジーをえらそうに語るのって、現代においてどうなんだろうということを思うことがあります。たとえば、最近良く雑誌などで見かけるオールアルミ住宅が良い例で、僕がアルミを嫌いというわけではなく「いまさらそんな大それたことなのかな」って思うのです。結局スケール、物量の問題で建築において新しいというだけで、他分野においては今や古典になりかかっている気もするのです。まあ、こういうと語弊があるかもしれないので補足を入れると、僕は事実としてはこれはこれでよいし、僕も作ってみたいと思うのですが、そこで、テクノロジーという言葉を不用意には使ってはならないと思うのです。極端な話、僕が八百屋になるのは僕にとって非常に新しい。でも八百屋は新しくはない。そう思うのです。その上、また元に戻すと、僕は八百屋になるような楽しい変化が我々の身の回りにはすでにたくさんあってそれをデザイン行為を通して楽しみたいと思うのです。そういうスタンスでいたいと思うのでした。
どうでしょう。
投稿者 nagasaka : 2005年08月31日 18:41
常君
建築でテクノロジーを語ることについての返信。
おそらく一品物でつくられる住宅や建築におけるテクノロジーはここ何十年と殆ど変ってないのでしょうね。ただし、ひとつひとつの部品だったり、塗料だったり、接着剤というのはテクノロジーの進歩によって大きく変化、前進しているものも少なくありませんよね。そのテクノロジー、ときにはナノテクといわれるようなものも混じっています。建築は1つの完成品につかわれる部品が一番多いプロダクトだと言われています。規模が規模ですから当然のような気もしますけどね。確かにテクノロジーという言葉は不用意に使えませんね。そういう思いは皆もっているのではないでしょうか。80万円で買った車は、窓は自動で動くし、エアコンは効くし、おまけに100キロを超えるスピードで動くのに、建築では3m角のガラスの扉すらスライドさせるのは難しいかもしれません。僕らが作る建築はローテクの塊であることは疑う余地はありません。さて、ちょっと考えてみてください。では、そのローテクをどこまで私たちは知っていますか?ローテクであれ、建築において作り上げていくテクノロジー、仕組み、流通、デティールを僕らはどこまでしっているのでしょうか?実に作り上げるためのローテクを僕らはあまりに知らない。その危機感は持つべきだと思います。それがアイデアを実現する上で、大きな壁となっているような気がします。僕は最近、住宅特集で連載を書き始めています。一回目の原稿で、「モノと建築の壁」という話を書きました。二回目は今日書き上げたのですが、現代手工業乃党という職人でありながらデザイナーであるチームの話、その党首のインタビューを載せました。彼らは作る技術をもちながらデザインをしています。その彼らの自由さは、すなわち、そのローテクを知っているが故の自由さが彼らのデザインに現れていると思いました。話を少し戻します。小さな部品や塗料におけるテクノロジーは先端であるものも含まれているという話を最初に書きましたが、おそらく、超高層や土木の構築、素材開発の分野にもおそらくテクノロジーはふんだんに入り込んでいることでしょう。それに無知である設計者は私も含めて何もそのことについて語ろうとはしませんし、どちらかと言うとデザインの、しかも多くの人たちが理解できない話に逃げ込んでいるように思います。実はそれでいいのだろうかと考えることが最近良くあります。デザインという行為は、その結果が全くもってテクノロジーではないにしても、僕らの世界は技術によって成立しています。それはローテクにせよ、ハイテクにせよです。そのどちらも無視して新しいデザインを語るのは難しく、また社会的な職能として僕らの半分は技術者として存在していて、その半分の職能のために常にテクノロジーについて注意深くしているべきだと思っています。私はいまだに製作業をやっています。実際のところもう仕事としてやる必要もあまりないのですが、自分の中のバランス感覚としてやっている部分もあります。その製作をしている環境の中で考えさせられる事件が多々起こります。その中で、私が昨今の設計者に感じるあまりに世間知らずの発注の仕方、至らない図面、打ち合わせをするにあたり、考えていることのひとつです。話がだいぶそれてしまいましたが、連載で書いている内容の続きのような思いでえいやと書いてしました。自分でこんなことを書きながら、自分に対する反省文であったりします。ここで一度テクノロジーの話をやめて、常君の八百屋の話にとびます。常君の意図と反して、僕はこの話に、アトリエ事務所が職能の巾を広げるべきだと思っているので、妙に反応しました。ところで、これ、ぜんぜん返信になってませんね。
投稿者 keiji : 2005年09月01日 23:15
芦沢君。
ホントありがとう。
でも、この話は尽きなそうだね。今度、飲みながらでもゆっくり話しましょう。それまでに、芦沢君の住宅特集のテキストも読ませてもらいます。
ま、それより100%でこの続きって感じかな。引っ込みつかないよ!(結構な人がこのやり取り見てるよ。)ガンバローね。(大野君がんばってね)
また、反応してもらえるようなテキスト書きますので、そのときはまたよろしくお願いします。
しかし、ウォークマンもとんだとばっちりだよね。
でも、お陰で随分いろいろなことを考えさせてもらいました。最後に感謝です。
投稿者 nagasaka : 2005年09月02日 03:43
常君。感謝だなんてとんでもない。
こちらこそ相手してもらってありがとう。殆ど一気にまくし立てるような勢いで書いてしまっているので、読み返すと夜中のラブレターのようにちょっと赤面してしまう部分もなくはないです。常君の言わんとすること、物づくりを発見的な視点で作っていきたいということですよね。しかもハイテクなんていう大それたものではなくて当たり前の仕掛けや技術で無数にある組み合わせの中で適切にチョイスし、そして絶妙な組み合わせによって。例えば、最近のプロダクトや建築でいうとなんでしょうね。あまりいい例がみつからないけど、個人的にはジャスパーモリソンの、ありそうでなかったデザイン郡にはいつも感心しています。
http://www.hhstyle.com/cgi-bin/omc?port=33311&sid=U1125718405B9B92F22O&req=DIR&code=de0053
続きはおいしいものでも食べながら。
投稿者 keiji : 2005年09月03日 12:42
芦沢くん
うまくまとめてもらってしまった。
そういうことだね。
ありがとう。
ジャスパーモリソン。
僕も好き。
好きっていうのが恥ずかしいくらい、僕らの世代はシェイバーのデザインの印象が強いからね。
ではでは。
投稿者 nagasaka : 2005年09月03日 13:23