2005年06月02日
地震のことを考えていて
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| 最近、何かと地震の話になります。今日も地震がありました。あるところでは、こんな情報も流れていたりもします。特に我々のような仕事をしていると地震の話は無責任ではいられなかったりします。が、今日は無責任な話をさせてもらいます。僕も地震が怖いのですが、最近、地震のことを考えていて、人はずいぶんと地震に対して傲慢な解釈をしているのではないか。人は地震までも身の丈で考えているのではなかろうかと思うようになってきました。大げさに言えば天動説と似たジコチューな解釈をしている気がするのです。
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| たとえば地震雲。僕は「そんな超常現象みたいな話!」と最近まで気にも留めていませんでした。でも、地球規模の視点で見ると、雲と地上の距離というのは非常に近く、「我々が寒い日に走ったりして、湯気が頭の上から出るのと大差ないのでは」と思うようになり、最近地震雲も信憑性があるように思えるようになりました。
ただ、同じ視点で考えたとき、今度は東海や東京など地震警戒地帯と言われるところがありますが、これこそ、最近、信憑性なく感じられるようになってきました。 これからいう話は無根拠ですが、地球規模で距離を考えたとき、東京と大阪の距離などもまったく差がないも同じではないかと思うのです。最近各地で起きている予想外な地域での地震もそのように考えるとで説明がつくのです。もちろん、地震があったときに地盤の弱さで被害が大きくなるところと、耐えられるところの差はあるでしょうが、それを言っているのではなく、震源の発生地帯が固定されているという話は地球規模ではおかしな話であるように思うのです。それから、僕が小さい頃、関東大震災は60年ごとにおきるなどと脅されていましたが、それこそ滑稽な話に思えるのです。地球が出来てから46億年たちますが、そのスケールからいって60年などほんの一瞬の話だと思うのです。 また、人を評すときに「スケール感が違う」という言葉をよく使いますが、最近、「そう発する側の見方こそ、自己本位な感覚なのではないか」と思うようになってきました。やはり、対象に対してそれぞれ見方のスケール感があって、それを対象に合わせて変えること。それが本来あるべき姿で、人本位ですべてを見ようとすることこそ無理な話で、傲慢とも捕らえられるのだと思うのです。 また、よく耳にする言葉で「Save the earth」という言葉がありますが、これもその意味で間違った視点で地球を見ている表れではないかと思うのです。人が地球を守るのではなく、地球が人を守っている。いや、守っているつもりもないほど地球にとって人の存在ははかないのかもしれません。(長坂) |
投稿者 sschemata : 2005年06月02日 00:16
